まるで、花のようにお前は笑う。

俺に向けられるそれをもっと見たくて、何でもお前の願いを叶えてやりたくなる。


俺自身も、求められる喜びを初めて知った。


【希 求】


「カカシ先生!」

任務後、いつものようにボロボロの恰好でナルトが元気に走ってくる。
人一倍のやる気が空回りしてしまった結果だったが、無心に求めてくる少年にカカシは微笑んだ。

「なんだ?ナルト」

甘い笑みを浮かべてその髪を雑ぜれば、くすぐったそうに笑う。

「あのね、あのね、今日も先生んち行ってもいい?」

可愛い可愛いおねだり。
いつもなら、1、2もなくかっさらってでも連れていくところだが、今日だけはそういう訳にもいかなかった。

「ごめーんね、ナルト。今日は火影様の所で会議があるんだよ。また明日、ね?」

残念そうに言えば、輝いていた蒼い瞳が見る見る間に沈んでいく。
それでも、カカシに気遣わせないように普段どおりに笑って言った。

「判ったってばよ、先生!また明日な!」

「うん、明日は一緒に美味しいものでも食べよ?」

優しく可愛い恋人の額にキスをして別れた。


寂しさを誤魔化して、必死で走っていく姿をカカシは消えるまで見送る。


寂しいのは、お前だけじゃないんだよ?

そう、心で呟いて。





会議といってもたいした内容ではなく、簡単な報告と幾つかの連絡事項だけで解散となった。長引かないのは里が平和な証拠で、集まった上忍たちは談笑しながら部屋を出て行く。

こんなことなら、ナルトを呼んでおけばよかった。

そう思いながらカカシは溜息一つつき、皆の後から遅れて続こうとしたとき。

「カカシ、話がある」

背後からその様を見守っていた三代目が、含みのある眼差しを向け声をかけた。
その微かに滲ませた雰囲気であまりいい話ではないと察知したカカシは、僅かに眉を顰めゆっくりと三代目の元まで戻っていく。
他の者たちが退室し終え、扉が閉ざされ部屋には重苦しい沈黙だけが残された。
それを最初に破ったのは、三代目だった。

「ナルトの様子はどうだ?」

「相変わらずですが、とても頑張ってますよ」

いつも通りの報告と同じ言葉を口にする。
脳裏で自分に向けられる愛らしい笑顔を思い出し、カカシはマスクの下でこっそり小さな笑みを浮かべた。
そのカカシの様子をじっと見ていた三代目は言葉を継ぐ。

「そうか。お前によく懐いておるようだしな」

溜息混じりのその言葉に。
何かとても嫌な感じがした。
三代目の口調といい、いつもの事務的なものと明らかに違う。
これはもう、予感というべきか。
胸の中を得体の知れない何かが、チリチリと焼いていくような感覚だった。

「……何が仰りたいんですか」

「ちょっと懐きすぎのように思えるがの」

途端に。
カカシの中で怒りが込み上げてきた。
自分でカカシをナルトの監視者にあてておきながら、寂しいあの少年を受け入れてしまえば自重しろというようなことを言う。
一緒にいれば情も移る。
それどころか、今ではカカシの方もナルトの温もりを必要としているのに。

あの少年を愛して、何が悪い?

突然殺気を孕んだ視線に、三代目は表情も変えずカカシの顔を見つめる。

「…何か勘違いしているようだが、そうではない。ずっと一人きりだったあの子が、お前を
求めるのが悪いと言うわけではない。お前がそれに応えるのもな。
わしが言いたいのは、ナルトを甘やかしすぎだということだ」

「…俺が、甘やかしてる……?」

「そうじゃ。ナルトは忍として今が一番伸び盛りの時期。お前が必要以上に甘やかしては、育つものも育たなくなる。……判るな?」

「………」

「ナルトには、人並み以上の力をつけて貰わねばならん。器が弱いと、いつ九尾が出てくるか判らんからな」

カカシは三代目の言葉に、返すそれも見つからなかった。その自覚がなかったと言えば、嘘になる。
特に贔屓をしていたつもりはない。
だが、カカシのナルトに対する感情は、上司としての愛情ではなく、既に恋慕だ。
誰よりも大事で、いつでもあの少年の笑顔が見たくて、つい手を貸してしまったこともある。
好きだからこそ、傍にいたい。
愛しているからこそ、自分を求めてほしい。
だが、ナルトのことを本気で想うなら、今のままではいけないことは、カカシ自身が一番よく理解できた。
忍としての土台が築かれる時期。
過酷な、死と隣り合わせのこの稼業を生き抜くなら、これはナルトにとって命取りになりかねない。
カカシはポケットに入れた拳を、血が出るほどきつく握り締めた。

「無理に冷たくしろとか、言っているわけではない。ただ、ナルトのことを思うなら、少し距離をあけるんじゃ」

三代目の言葉など、もうカカシの耳には届かなかった。





星が瞬く夜道を、カカシは一人家路を急ぐ。
ナルトの、忍としての命。
誰よりも純粋に、誰よりも直向に火影を目指す愛しい少年。
その願いを、出来れば叶えてあげたいと思う。
ナルトを愛したときから、それはカカシの夢でもあったのだから。
そのために、いつか別れなくてはいけない日が来たとしても、ナルトの為ならば仕方ない、と言い聞かせてきた。

誰よりも愛している少年を、つかず離れずにいることなど、今のカカシには不可能な話だった。
痛む胸を抱え、カカシは空を見上げた。

「ナルト、お前の顔が見たいよ……」

困ったように笑って、受け入れてくれる少年の温もりがやけに恋しい。もう触れられないと、
自分に枷をつければつけるほど、求める気持ちは収拾がつかないほど膨れ上がっていく。



誰一人として通らぬ道で、そっと呟いた。








翌日、いつものように任務へ遅れて現れたカカシに、いつものようにツッコミを入れる、生徒二人。
懐かしく思えるほど、当たり前の日常。
夕べのことが夢のようだと、カカシは苦笑しながら思う。
いっそ夢であってくれたらよかったのに。
愛しい少年を視界に入れないようにして、カカシは泣きたい気分になった。

今日の任務は河原でゴミ拾い。
部下たちがごみを拾っている間、カカシは愛用の本を懐から取り出してページを開いた。
いつもなら、どんなことがあっても入ってくる文字が上っ滑りしていき、内容などひとつも理解できない。
無意識にナルトの気配を追い、少年独特の高めの声をいち早く捕らえる。

全身で、ナルトを求めていた。
浅ましいほど、貪欲に。

ねぇ、ナルト。
火影なんてどうでもいいじゃない。
忍なんてやめてさ、ずっと俺の傍にいて?
お前のこと、俺が養ってあげるからさ。
だから、お前の傍にいてもいい……?

例えそれがナルトを殺すことになっても。
これほどに求める気持ちを誤魔化すことはできない。
だけど。
カカシはあまりの自分の身勝手さに、苛立ちすら感じた。

「カカシ先生ってば!」

怒ったような愛しい少年の声に、はっと我に返った。

「ん?なに?」

瞬間に自分の感情を殺し、カカシは意識的に冷めた目を向ける。
人の感情に敏感な子供は。
カカシのいつもとは違う目の色に、驚いた表情を浮かべた。
食い入るように見つめてくる蒼く澄んだ目を避けるように視線を外し、立ち上がった。

「先生、何か怒ってんの?」

「……怒ってないよ。それより任務はどうしたの」

縋るように延ばされた手から身をずらして、本を懐に戻した。
ちらっと横目で見れば、突然の態度の変化に戸惑いを隠せないようだった。傷ついた顔がカカシの胸を苛む。

「サクラ、サスケ!終わったのか?」

遠くにいる部下たちに、わざと話かけてカカシはその場を逃げ出した。





少し早めに任務を終え、カカシの合図で7班は解散となった。
報告書を提出しようと足を踏み出したカカシの背後に感じる気配。

「せんせ……」

恐々と、カカシを呼ぶ声。
こんな声を自分が出させているのだと思うと、薄汚いエゴが口を突いて溢れそうになる。
一つ深呼吸をして、ゆっくりと振り向いた。

「何?お前帰らないの?」

昨日の今日で、180度態度を変えている自分が酷く滑稽だった。
昨日、別れ際の甘い約束。
予定では、一緒に美味しいご飯を食べて、色々な話をして、甘いキスをして。
カカシ自身、何よりも楽しみにしていた。
だけど。
もう、許されない。

「先生、だって、今日……」

「ナルト、もう、二人で会うのはやめよう」

───別れの言葉。
こんな早くに、しかも自分から言う羽目になろうとは思わなかったけれども。

「……え?」

驚きに瞠った目を、今度は真正面からしっかりと受け止めて。
心では”愛している”と声を嗄らして叫びながら、すべての感情を殺し、冷たく突き放す。拒絶の色を浮かべながら、しっかりと一言一言を噛み締めるように言う。

「もう、二人で会うのはやめようと言ったんだ。俺は……これ以上、お前とはやっていけない」

「な……、なんでだよ……!せんせ、俺、なんかした?ねぇ!俺が悪いなら、治すから!先生の言うこと、ちゃんときくから……っ!」

大きな目を悲しそうに潤ませて、目線を合わせるために膝をついたカカシの腕を、ナルトは力いっぱい握って。

縋る。
離れないで、と。

指が食い込む微かな痛みに、カカシは眉を顰めた。
一つ溜息をつくと、ナルトはびくっと身を竦ませた。

「ナルト、幾らお前がそう言っても、ダメなものはダメなの。だからもう、うちにも来るな」

カカシはそれ以上耐え切れず、ナルトの手を乱暴に振り払い、立ち上がる。

「……言いたいことはそれだけだ。明日も任務なんだから、遅れないように」

カカシの言葉に「それは先生のことだってばよ!」といつもの軽口も今日は出てこず、見開かれた瞳から、大きな涙が幾つも溢れた。
振り払われた手とカカシを交互に見つめて、酷く傷ついた顔で。
それ以上何も言わず、何も見れず。
カカシは逃げるように、姿を消した。





アカデミーで報告書を提出し、いつもは上忍の控え室に寄るところだったがそんな気にもなれず、もう帰ろうと出口に足を向けた。

「おう、カカシ」

不意に声をかけられて振り返れば、同僚のアスマが咥えタバコで立っていた。

「なんだぁ?その死にそうな面は。お前のお子様は元気か?」

カカシとナルトの関係を知っているアスマは、からかうように訊ねた。アスマ自身、幾らノロケを聞かされようが、カカシが初めて本気になったのが珍しく興味津々で、少年の事を聞くのが挨拶代わりのようなものになっていた。
───が。
僅かに殺気を含んだ視線に、アスマは一瞬身構える。

「どうしたんだよ。痴話ケンカか?」

「……うるさいよ、お前」

心底うんざりしたように吐き捨て、カカシはアスマを置き去りにし、出口へと向かった。





誰もが言う。
少年のことを、当たり前のように。
今は名前を聞くのも辛い。
一人になりたくて、でも家には帰りたくなくて。
人気のない場所を探しながら、カカシは里の中を彷徨った。
森の奥底にある、ひっそりとした湖畔に辿り着きカカシは木の太い幹に体を預けた。

少年の、涙が忘れられない。
掴まれた腕の感触が忘れられない。

泣きたいのは、俺のほうだよ……。

あの温もりに縋っていたのは自分だから。
荒んでいた日々の生活に疲れていた自分を、救ってくれたのはあの笑顔。
もう、手放せないと本気で思っていた。
もし、その日がくるなら潔く身を引いたとしても自分は消えてしまおうと思っていたのに。
それすらも許されない。

好きになることは、甘やかすことなのか。
傍にいたいと願うのは、少年を殺すことなのか。
今まで人から疎まれるだけの存在だった少年を慈しむのは罪なのか…?

忍としてその理由もなにもかも判っていながら、カカシは何度でも問う。

「ナルト、愛してるよ……」

ひっそりと呟く。
苦笑に口の端を歪めて。
少年に囁くように、優しく、甘く。





翌日から、本当の地獄が始まった。
任務中、嫌でも目に入る少年。いつも元気なその子が、痛々しいほど憔悴しきっていた。
昨日のは、嘘なんだよ。
そう言って何もかもなかったことにしたかった。思わず抱きしめてしまいそうになる手を何度も引き戻して、拳を握る。
まるで自分を責めるように注がれる視線。
それに気づいて見れば、すっと逸らされることの繰り返しだった。
胃が抉れそうな一日がやっと終わり、カカシは本気で担当変えをしてもらおうかと考えていた。


そんな調子で数週間が過ぎていく。
一日の時間は限りなく長く感じるのに、過ぎ行く時の速さは瞬く間にすり抜けていった。
日に日にナルトは痩せていく気がした。
それを見ているカカシの方も、食欲は衰え、睡眠さえままならない。
冴えきった神経が耐えられずにまどろめば、決まってナルトの夢を見る。そこでもナルトは本当に悲しそうに泣いていて、すべてを捨てる覚悟で抱きしめようと手を伸ばせば、はっと目が覚め、実際夢の形のように手を出していた。
少しずつ、理性と感情の狭間に歪が生まれて
いく。それはもう手の施しようがないほど歪められ、カカシはどうしていいのか判らず、呆然と見るより他になく。
何もかもがどうでもよくなっていた。
酒を飲んでも酔えず、女で憂さも晴らせない。
気晴らしに、と女を勧める周りの気遣いが鬱陶しいだけだった。
この腕に抱くなら。
ナルトじゃなければ意味がないのだ。
それを取り上げた九尾も、火影も、すべてが憎い。
いっそ殺したいほどに。




上の空の日々。
上忍としての任務のときに、腕に軽い怪我をした。馬鹿馬鹿しいミスだったのだが、結局ぱっくりと裂けたそこを縫う羽目になり、仕方なく翌日の任務は休みになった。
7班の面々にそれを伝えるべく使いを出し、カカシは無気力にベッドに転がっていた。

未来。
これからのこと。
立場。
ココロ。

どれも興味を失ってしまった。
想いはすべて少年だけに傾けられ、慣れてきている部屋の冷たさに吐き気がした。

その時。

小さなノックの音が響いた。
それにドキッとして、そのとき初めて気づいた気配に胸が高鳴った。
開けるのをよそうか。
躊躇いが起き上がろうとするカカシの体を止めた。
何度も、何度も叩かれる音。
溢れかけた気持ちが「せめて一目でも」と叫んでいる。
暫く心を秤にかけるように固まっていたカカシは、意を決したように急いで扉を開けた。
愛しい少年が、びくっと身を震わせ、怯えたようにカカシを見上げる。そして無理たように微笑んだ。
その表情に、カカシは涙がでそうだった。
こんな笑い方をするなんて。
でも、カカシは。

「もう来ちゃダメだって言ったでしょ?」

相変わらず冷めた声音で言い放つ。
感情のこもらない眼差しは、突き放すようにナルトを睥睨していた。
それに怯んだように俯いたが、思い直したように毅然とカカシを見上げて。

「先生が怪我したって聞いたから…。俺、心配で……」

大分細くなってしまった腕に抱えられた紙袋。
それをカカシに押し付け、逃げようとする腕を咄嗟に掴んだ

期待と、怯えと。

それらを眼差しに載せ、カカシを振り返る少年に苦笑した。

「少し、上がっていきなさい」

教師の顔で、その裏腹に掴んだ手に力をこめた。



ナルトのために買っておいた牛乳を暖め、それをナルトに差し出す。
嬉しそうに受け取る顔を見て、前に戻ったような錯覚に陥った。
この殺風景な部屋に、ナルトがいる。
それだけでカカシは歓びすら感じた。
このまま帰したくないと、心で叫んでいるのに。
現実は、何も変わってはいない。

その証拠に互いに何を言っていいのか判らず、気まずい空気が満たしていく。
それでも重苦しい沈黙すら、カカシは愛しく思う。
今ひと時、同じ狭い部屋に共にいられるのだから。
それを壊さぬように、ナルトはそっと訊ねる。

「先生、腕、痛くない…?」

「大丈夫だよ」

何もないように、軽く答えるカカシにほっとした笑みを浮かべたが、すぐにそれは萎んでいく。
小さな唇をきゅっと噛み締めて。
何かに耐えるように、目を瞑った。
カカシはそれらを気配だけで感じ、苦い気分をコーヒーで飲み下した。
そのとき。
ナルトがカップを置いて、突然立ち上がった。
そして椅子に腰掛けたカカシに抱きつく。

「ナルト……っ?!」

突然の行動に、カカシは狼狽した。
愛しい温もりを感じ、今にも溢れそうな感情を抑えている理性が、決壊しそうなほど軋みを上げる。

「せんせ……!もう、ヤダってばよ…!」

「…ナルト、離れなさい」

強く言えず。
縋ってくる温もりを前のように突き放すことも出来ず、カカシは言葉だけで抑えようとした。

「ヤダ!先生の言うとおりにしようと思って、今まで我慢してきたけど、もう…ヤダってばよ…!先生、俺のどこが嫌い?!ねぇ!言ってってばよ!そうじゃなければ、俺、納得できない!」

声を濡らして叫ぶナルトに耐え切れず、カカシは立ち上がり、背を向ける。


出来れば、自分を諦めさせたかった。
自分がどんな悪者になっても構わないから。
だけど。
カカシもナルトも限界だった。

「───嫌いだって?!そうなれればどんなによかったか!俺が…俺がお前をダメにしちゃうって判ってるんだ!お前の可能性を……もしかしたら里の命運さえも閉ざしてしまうかもしれないってことも…!」

「せんせ……?」

「……お前だけが苦しいんじゃないんだ、ナルト。お前だけが寂しいわけじゃない。俺は……、お前の足枷だけにはなりたくない。純粋に火影を目指しているお前の夢を壊す権利なんてないんだ。……だから」

お前から離れようとしたのに。

三代目に言われなくとも、判っていたことだった。甘い生活の中で、ずっと心にあった懸念。道は幾つもあったのに、まるでそれらしか見えていないように。
沢山の怯えを抱えながら、無謀にそれを選び取ってきた。
好きにならなければ良かったと思った。
そうすれば、彩のない生活もそれなりに過ごせてきたはずだったのに。
まるで欠けた半身を求めるように、愛しさが溢れてしまったのだ。それを今更なかったことには出来ない。
火影を目指す純粋な姿に惹かれ、しなやかな強さに憧れ。
それを自分の夢のように置き換えながら、その実可能性を閉ざしていたのは自分だと突きつけられるその恐怖に。

逃げていた。

刹那的にその存在を欲して、与え合う互いの想いの温かさに溺れた。
離れているにしても、傍にいるにしても。
もう、耐えられない。
自分はそれほど強い人間ではないのだから。

「……引き止めてごめんね。もう、帰んなさい」

「……なんだよ、それ……。先生、俺のために離れたっていうの?」

「…………」

ナルトの怒りを含んだ声に、言葉がなかった。
返事のないカカシの様子に図星と受け取ったナルトは、ぽろぽろと蒼い瞳から涙を零して叫ぶ。

「先生ってば、勝手すぎ…!俺のために離れたって言っても、俺、嬉しくなんかないってばよ!
先生が離れたおかげで火影になれたって、嬉しくなんかない!先生と一緒にて、先生と掴むんじゃなきゃ、意味ないじゃん!」

「ナルト」

「先生が、一緒じゃなきゃ……俺、火影なんかどうでもいいってばよ……」

欲しかったその言葉に。
聞きたくなかった、その言葉に。
カカシは驚きに、指一本動かすことが出来なかった。
正直に言えば、そこまで愛されてるとは思っていなかったのだ。ナルトがカカシを慕ってくるのは今まで孤独な人生を歩んできたからであり、その弱さにつけこむような形で、カカシは手に入れたのだから。
幼さゆえの思慮の欠落。
強引に押されれば、その気になってしまっただけだと、カカシはどこかで思っていた。
それなのに。
密やかに望んでいた言葉を聞けた今では、深い喜びと教師としての失望が鬩ぎあった。自分の背後で嗚咽を漏らす子供に、自分はどう接したらいいのかすら判らなかった。

「俺、先生が一番好きだってばよ……」

「そんなんじゃ、ダメでしょ。お前は火影になりたいんでしょ……?お前一人でも、火影に……」

「先生と一緒じゃなきゃヤダ!だから…、先生、俺が倒れそうなときは俺を叱ってよ!”そんなんじゃダメだ”って、傍で叱ってくれなきゃ、俺頑張れないってばよ!ずっと…一緒にて、ずっと俺を見ててよ……!」

カカシの腰に抱きついて、ナルトは泣きながら言った。
小刻みに、体が震える。
自分は、なんて浅はかだったのかと。
本当に愛しているからこそ、カカシはナルトから離れたというのに。それしか道がないと、思いつめていたのに、ナルトは二人で解決する道を模索しようと言う。
一回り以上も離れた小さな少年は、自分よりも大人だったということに気づき、無性に情けなく、恥ずかしかった。だけど、自分の愛した人はこれほどまでに大人だったと、誇らしくも思えて。


ゆっくり振り向くと、必死に見上げてくる澄んだ瞳。華奢な体を、カカシは強く抱きしめた。
夢に見るほど求めた温もりを胸に、カカシは目を閉じる。

「…ごめんね、ナルト…。俺のせいで、寂しい思いさせちゃって。好きだよ、ナルト。お前を愛してよかった……」

囁くと、ナルトは甘えるようにカカシの頬に擦り寄り、今まで離れていた分、寂しかった分、強くしがみつく。

「せんせ、もう離れちゃヤダってばよ……」

「もう、離さないよ。二度と同じ間違いはしないから……許してくれる?」

カカシの言葉にナルトは腕の力を緩め、真剣な表情のカカシの顔を見つめた。
泣き腫らした目元が痛々しい。
そっと指でなぞると目を閉じ、ナルトは泣きながら顔を歪ませて笑おうとした。

「大好きだから、許してやるってばよ」

愛しいその言葉に。
カカシは笑って、瞼にキスをした。
頬に、鼻の頭に、唇に。
そっと離れると、真っ赤になっているナルト。
それにカカシは久しぶりに、心からの笑みを浮かべた。



「───愛してるよ、ナルト……」


これから先、自分たちが進む道は決して平坦ではない。

恐らく、何よりも険しく。
愛しい人の姿すら、見失う日がくるかもしれない。


それでも。


共に、と望んでくれたこの手がある限り。
その温もりを心に、走りつづけよう?


俺も、お前も。


やっと見つけた、半身だから───。







「Fortunate pursuit」様で、キリ番888を踏み、リクエストさせて頂きました。
ナルトに冷たいカカシ…。自ら胃が痛くなるものをリクする私って……。でもナルトが泣くのを見たいの〜vvvカカシが苦しむのを見たいの〜vvv流石のあやの様は、私が望む物を与えて下さいました。苦しみながらもナルトに冷たくするカカシ、カカシから冷たい仕打ちを受けて、傷付くナルト。3代目もとってもいい役所で……。
あやの様、素敵なお話と、美しいイラストを、本当に有難うございましたvvv





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