―――お前を想うこの気持ちだけは
きっと誰にも負けないから―――。
恋心
「カカシ先生、ごちそうさま。美味かったってばー。」
「そう?良かった。」
一楽から出て、ナルトはとても満足そうに微笑んだ。
その笑顔に返すように、カカシもまたにっこりと微笑む。
任務の後、カカシがナルト達3人を一楽へ連れて行くことはそう珍しいことでは無かったが、今日のようにナルト一人だけを連れて行ったのは初めてだった。
二人だけで歩く夜道。
ナルトはいつもと違う今の状態が妙に落ち着かない感じで、視線をあちらこちらへ泳がせていたが、思い切ったように口を開いた。
「先生、どうして急にラーメン奢ってくれたってば?」
ナルトが真剣な表情でカカシを見上げてそう問うと、カカシは困ったように笑った。
「んー?」
「だってさだってさ、任務終わった時は何にも言わなかったのに、わざわざ家まで迎えに来てくれたってば?先生、何かあったのかなー?って思うってばよ。」
全く、普段は鈍感なくせに、どうしてこんな時ばっかり勘が冴えてるのかねー。
カカシは右手でポリポリと頭を掻くと、足を止めた。
「……暫く、会えなくなるからねぇ……。」
「えっ!?」
驚いてナルトも足を止める。
「会えなくなる……って……何だってばよ。」
「今日報告書出しに言ったら火影様に呼ばれてさ……任務言い渡されちゃった。一ヶ月の。」
「一ヶ月!?一ヶ月もかかるってば!?」
ナルトの目が驚愕に見開かれる。
「多分ね。」
「そ、そんでまさか、出発は明日とか言うってば?」
唇を震わせるナルトに、カカシは淋しそうに答えた。
「冴えてるね。」
「やだってば!!」
ナルトは思い切り、ぶつかるようにカカシの腰にしがみ付いた。
「ナルト……。」
「そんな……そんなの嫌だってばよ!!カカシ先生と会えなくなっちゃうなんて絶対やだってば!!」
自分にしがみついて今にも泣き出しそうなナルトの髪を、カカシは優しく撫でる。
「会えなく―――って……一ヶ月だし、ね?」
「でもでも嫌だってばよ!!」
ナルトはカカシを見上げて大きな瞳に涙を浮かべた。
「ナルト、ありがと。嬉しいよ。淋しがってくれて。」
「淋しくなんて……。」
カカシの言葉にハッとして、ナルトは頬を染め、慌てて俯いた。
「オレもね、淋しいよ。ナルトに会えないと思うと……。」
心底淋しそうなその声に、ナルトは顔を上げ、カカシを見つめた。
「先生……。」
カカシもナルトをしっかりと見つめている。
片方しか見えないが、切なそうなその瞳から、ナルトは目を逸らすことが出来なかった。
自分を抱き締めるカカシの腕から温もりが伝わって来るのを感じて、ナルトの心拍数が上がる。
それを見透かしたように、カカシが微笑んだ。
「無事に帰って来られるようにさ、お守り貰ってもいい?」
「お守り?」
カカシは身を屈めると、マスクを外した。
ナルトの顎に手をかけ上向かせる。
「せんせ?何……っ。」
ナルトが続けようとした言葉はカカシに呑み込まれた。
唇をそっと合わせられ、ナルトはギュッと目を閉じる。
微動だに出来ず―――。
ちゅっと、音を立てて唇を解放すると、ナルトは我に返って飛び退いた。
「なっ…なっ!何っ!?何?今の何だってば?!」
真っ赤になって口元を袖で拭いながら、ナルトは叫ぶ。
「ごめんね?我慢出来なかった。」
カカシは少し辛そうに微笑んだ。
「が、我慢って?」
「好きだよ。ナルト。」
ナルトは息を呑んだ。
「ずっと前からね、好きだった。」
「そんな…そんなことイキナリ言われたって……オ……オレ…。」
後退りしながら首を左右に振るナルトに、カカシは右手を伸ばす。
「ナルト……。」
その手から逃れるように、ナルトは叫んだ。
「オレ、困るってば!……カカシ先生のバカ!!」
カカシの瞳が絶望の色に染まる。
ナルトはそれに気付くことも出来ないまま、逃げるように走り去って行った。
カカシは暫く呆然と立ち尽くしていたが、やがて目を閉じ、深い溜息を吐いた。
「困る……か……。」
まだ早いとは思っていた。
ずっと隠していた想い―――。
ナルトと離れるかと思ったら、むしょうに不安になって……。
しがみ付いて涙を浮かべるあの子が可愛くて、愛しくて……。
伝えずにはいられなかった。
勿論、ある程度の期待をしながら……。
『困る―――。』
そんな答えが返って来るとは正直思ってなかった―――。
オレの思い違い……。
あの子もオレを想ってくれていると勝手に解釈して―――。
所詮は12歳……。
オレを師として慕ってくれてただけだったのに……。
「参ったね……。」
カカシは苦笑しながら俯き、月明かりに光る銀髪をくしゃっと掴んだ――――――。
ナルトは家に着くと、玄関のドアを後ろ手に閉めて、息を整えた。
夢中で走った為に上がっている心拍数を下げる為、ゆっくりと大きな息を繰り返す。
しかし……胸の高鳴りは収まる気配も見せず……。
震える指先で自分の唇にそっと触れた―――。
キス―――されちゃったってば……。
ああ、ど、どうしよう……。
カカシ先生がオレを好きだって……。
ずっと前から好きだったって……。
オレと離れるの淋しいって……。
ほんとに?
ほんとだってばよ。
どうしよう……。
嬉しい―――。
飛び上がるくらい嬉しいってば。
ナルトは脚絆を脱ぐと、廊下をペタペタと歩いて寝室に入り、ベッドに倒れ込んだ。
傍らにあるカカシ人形をギュッと抱き締める。
ずっとずっと好きだった。
もしかしたら一目惚れだったかもしれない。
カッコいいカカシ先生。
強いカカシ先生。
優しいカカシ先生。
頭を撫でてくれる手が好き。
抱き締めてくれる時の温かさが好き。
名前を呼んでくれる声が好き。
微笑んでくれる笑顔が好き。
全部全部好き。
カカシ先生が好き。
大好き――――――。
さっきは驚いて、何て言えばいいのかわからなくって……。
ほんとにとっても困ってしまったけど……。
『バカ』なんて言っちゃって……オレの方がバカだってばよ……。
先生が任務から帰ってきたらちゃんと言うってば――――――。
オレもカカシ先生が大好き―――って……。
ちゃんと言うってばよ……。
だから……だから早く帰って来て……カカシ先生――――――。
翌日、カカシは予定通り一ヶ月の任務に出た。
ナルト達第七班は、代わりの者、特別上忍のエビスが指導を任された。
「なんでムッツリスケベがカカシ先生の代わりなんだってばよ!!」
ゴツッ!
「痛っ!」
思い切りグーで頭を殴られたナルトがエビスに恨めしそうな目を向けると、サスケとサクラはうんざりしたように溜息を吐き、肩を落とした。
「私が任された以上容赦はしませんぞ。きっちり任務をこなして貰います。カカシさんの期待に応えられるよう、頑張りなさい。」
そうだ……。
カカシ先生の任務はきっと大変な任務なんだってば。
オレもカカシ先生に恥ずかしくないように頑張らなきゃいけないってば。
先生……。
どうか無事に帰って来て……。
そしたら伝えたいことがあるってば―――。
待ち侘びるナルトの期待を裏切り、一ヶ月を過ぎてもカカシは戻らなかった。
ナルトは不安で堪らない毎日を送っていた。
更に一週間が過ぎたその日、任務が終わった帰り道でアカデミーから出て来たイルカとばったり出会った。
「お、ナルト。久し振りだな、元気にやってるか?」
「イルカ先生。」
いつものような元気が全く無いナルトの様子を見て、イルカはその理由に気付き、ニッコリ微笑んだ。
「カカシ先生帰って来てるぞ。」
「ほんとっ!?」
途端にナルトの瞳が輝く。
「ああ、今報告所に居る。」
「ありがと!イルカ先生!」
ナルトは一目散にカカシの元へと走った。
良かった。
良かった……。
カカシ先生、無事だってば。
オレが行ったらビックリするかな。
きっと喜んでくれるってば。
「先生!」
ナルトはカカシを見つけると、駆け寄りながら叫んだ。
けれどカカシはそれに気付かないのか振り返りもしない。
「先生!カカシ先生!!お帰りってば!」
ナルトはカカシの背に飛びつき、その首にしっかりとしがみ付いた。
「ナルト、重いよ。」
カカシの声音はいつもと全く違っており、鬱陶しいようにナルトを振り払った。
「え?せん…せ……?」
訳も解らぬまま、ナルトがカカシを見上げると、カカシから向けられたのは酷く冷たい視線だった。
「何?どうしたの?」
「え……?」
「何か用?」
だって……一ヶ月振りで……オレってばずっと待ってて……。
「あ……えっと……お帰りなさい……ってば。」
「ああ。」
面倒臭そうに一言だけそう言うと、カカシは報告書を提出し、歩き出した。
ナルトは慌てて後を追う。
「先生、あのさあのさ……。」
「任務、終わったの?」
振り返りもせず、発せられた言葉。
「う、うん……。」
「だったら帰りなさい。」
ナルトが言葉を返す間も無く、カカシは煙と共に消えた。
「せん……せ……?」
ナルトはその場で、呆気に取られたように立ち尽くしていた。
翌日の任務は森での薬草探し。
カカシはいつものように遅れて来て、いつものように言い訳をする。
けれど、いつものようにナルトに向けられる笑顔は無かった。
なんとかカカシと話すきっかけを作ろうとナルトは必死だったが、その都度カカシにかわされて挙句の果てに『任務中に私語は慎みなさい。』とたしなめられる始末。
仕方無く午前中の任務は真面目に済ませ、昼食の後一人で愛読書を読んでいるカカシを捕まえた。
「先生……何か…あったってば?」
木蔭で木に凭れかかっているカカシの前に立ち、ナルトは昨日から聞きたくて堪らなかったことを、漸く口にすることが出来た。
だが、やはりカカシから帰って来たのは素っ気無い一言。
「別に?」
「でも、任務から帰って来てからずっと機嫌悪いってば?」
「疲れてるんでしょ?じゃなきゃお前が必要以上に纏わり付いて来て鬱陶しいだけ。」
カカシはまるで他人のことのようにさらりと言ってのけた。
これ以上聞いちゃダメだ――――――。
ナルトの頭の中で警報が鳴る。
これ以上何も言っちゃダメ――――――。
頭では解っていても確かめたいと言う感情が勝った。
「あのさ、先生、あのことなんだけど……。」
チクチクと胸が痛む。
カカシの態度を見れば予想もつく。
だが、ナルトは言葉を止めることが出来なかった。
「あの……先生がオレを…。」
「忘れてくれる?」
本から顔を上げ、ナルトを見据えてきっぱりと放たれた言葉。
「え?」
「一時の気の迷いって言うかさ……。オレ、どうかしてたんだわ。」
「なん…で……?どうして?」
「だから、どうかしてた―――って言ってるでしょ?お前を好きだなんてさ。あるわけないじゃない?」
ナルトの瞳が見開かれる。
ウソ……。
ウソ……だってば?
好き―――って。
オレを……好きって言ってくれた……。
なのに……。
一時ノ気ノ迷イ……?
唖然とするナルトを目の前に、カカシは唇の片端を上げ面倒くさそうに言う。
「ああ、ゴメンネ……キス、初めてだったんだよね?あれ、無かったことにして?」
無かった……こと?
カカシ先生がオレを好きって言ったことも……全部……無かった事にしなきゃいけないの?
オレ……まだ言ってない……。
カカシ先生に言ってないことがあるのに……。
それは……言っちゃいけないこと……?
オレには……許されないことなの……?
カカシは再び視線を本へ落とした。
無かったこと……。
カカシ先生、失敗しちゃったってば?
オレにキスしたこと……気にしてるの?
だったらそんなの全然大丈夫……別に……大したことじゃないから……。
カカシ先生が気にすることなんて無いってば……。
「初めてじゃ……ないってばよ?」
カカシは一瞬目を瞠る。
「キスくらいしたことあるってばよ。だから別に平気だってば。」
ナルトはいたずらでも見つかったかのようにバツが悪そうに、ニシシと笑った。
カカシはチラリとナルトを見遣り、一言だけ呟いた。
「そう?それならいいけど?」
ナルトが走り去った後、カカシはずっと本に視線を向けていたが、そのページが捲られることは無かった――――――。
「いい夢……見られたってばぁ……。」
ナルトはベッドに転がって目を閉じる。
一ヶ月と一週間、ほんとに幸せだった……。
好きな人が自分を好き―――って……ほんとに幸せな気持ちだったってば……。
生きてて良かった。
そう思えた。
長い夢を見ていたと思えばいい。
だってほんとに幸せだった。
カカシ先生と両思いでいられた……。
写輪眼のカカシ。
コピー忍者のカカシ。
きっと知らない人なんていない……。
そんな凄い人がオレを好きだなんて……。
奇跡――――――。
恐い夢はたくさん見た。
泣きながら起きたこともある。
でも、そんな時はいつも―――夢で良かった―――って思った。
だけどさ…。
だけど……。
どうして夢だって解ったのにこんなに涙が出るんだろう……。
翌日からは一ヶ月前に戻るだけのことだとナルトは考えていた。
あの夜から昨日までを切り取ればいい―――それだけのこと。
ただ、自分の想いは一生報われないと解っただけ。
けれどカカシの態度は以前と全く違っていた。
サスケやサクラには笑顔を向けるものの、ナルトには微笑む事も無い。
話し掛けても適当に返されて会話にならない。
触れようと手を伸ばせばあからさまに避けられる。
最初の内はカカシがまだ気にしているのだとナルトは思っていた。
だったらその内元に戻る筈。
そう考えていた。
けれどカカシのその様子は一向に元に戻る気配も見せなかった。
カカシの視線の先には自分は居ない。
ナルトにとってそれは……その感覚は珍しいことでは無かった。
怒鳴られないだけマシ。
睨まれないだけマシ。
石投げられないだけマシだってばよ。
こんなの……全然大丈夫。
カカシ先生も同じだってこと。
里の皆と同じ。
オレを……嫌いなだけ。
なんでかな?
オレってば……何かやっちゃったのかな?
カカシ先生に嫌われるようなこと……したのかな?
ああ、考えたって仕方無いってばね。
理由なんていらない。
だって……。
どうせ……。
生まれた時から嫌われてて当たり前なんだからさ……。
「おいっ!ナルトっ!」
サスケの声に気付いた時には遅かった。
その日の任務は引っ越しの手伝い。
サスケと二人でタンスを二階から下ろしている最中に、考え事をしていたナルトは手を滑らせた。
慌てて抱え直した時に右足を捻り、その上タンスが傾き、思い切りその重さが痛めた方の足にかかった。
「――――――っ!」
声にならない悲鳴を上げ、それでも依頼主のタンスを傷つけることだけは避ける為、必死で階下まで降りた。
廊下に無事タンスを下ろした時、ナルトはその場に倒れ込んだ。
「ナルトっ!大丈夫か?!」
サスケの声にカカシが気付いた。
「どうしたっ!?」
「このウスラトンカチ、階段で足を……っ。」
言い終わらない内にカカシがナルトの足首に手を添えた。
「うあぁぁっ!」
冷や汗を流すナルトを見ながら、カカシもまた額に汗を滲ませた。
「痛いか?ちょっと我慢しろ。」
「あっ…あっ…ひぅ…。」
あまりの痛みに涙を零すナルトを、サスケとサクラが心配そうに覗き込む。
足首は見る見る内に腫れて来た。
「大丈夫だ。骨は折れていない。」
カカシがホッと息を吐くと、二人も肩から力を抜いた。
「サスケ、サクラ、荷物は殆ど運び終わった筈だから後は二人で大丈夫だな?」
「ああ、問題無い。」
「大丈夫よ、先生。」
二人の言葉に頷くと、カカシは依頼主の元へ行き事情を説明し自分が抜ける了承を得た。
「ナルト。起きられるか?」
カカシが声をかけると、ナルトはゆっくりと身体を起こした。
「ほら。」
しゃがんで背中を見せるカカシをポカンと見つめる。
「どうした?その足じゃ歩けないだろ?送るから。」
「い、いいってばよ!オレってば歩ける……っ!」
一歩踏み出そうとした時走った激痛に、ナルトは悲鳴を上げそうになった。
「ほら、無理でしょ。」
「そうよ、ナルト。カカシ先生におんぶして貰いなさい。」
「これ以上手間かけんな。ドベ。」
サクラとサスケの言葉に、ナルトがしぶしぶカカシの背におぶさると、カカシは安心したように小さく息を吐いた。
「オレはナルトを送って行くから、後は頼んだぞ。」
「ナルトー、可愛いわよ。ちっちゃい子みたい。」
「さ、サクラちゃん……。」
真っ赤になって泣きそうな声を出すナルトを背に、カカシはゆっくりと歩き出した。
おっきな背中……。
あったかいってば……。
久し振りに触れるカカシの温もりに、ナルトは自分の想いを再確認した。
やっぱりカカシ先生が好き。
どんなに冷たくされても、どうしてもカカシ先生が好きだってば。
「病院、行くか?痛いだろ?」
不意にかけられた言葉に、ナルトは小さく答えた。
「ううん。大丈夫だってば。ほっといたって治るってばよ。ほら、オレってばさ……バケモノだから。」
その言葉に、カカシがピクリと震えた。
「……バカなこと言うんじゃないよ。」
搾り出すような声まで震えて……。
先生、気を遣ってくれたってば?
こんな小さなことが……本当に嬉しい。
こんなにもカカシ先生が好き。
ごめんね?カカシ先生……。
ひとつだけ我儘言わせて?
そしたら、今度こそちゃんと諦めるから……。
「あのさ、先生、聞いて欲しいことがあるんだけど……。」
「何?」
「足、多分もう大丈夫だってば。一人で歩けるからさ、だから、それ聞いたらオレを降ろして帰っていいからさ……聞いて?」
「だから、何?」
「先生、大好きだってば。」
カカシの身体が一瞬強張る。
「何言ってんの。」
また震える声。
「ほんとだってばよ?オレってばずっとずっとカカシ先生が好きだったってば。先生は知らなかったんだろうけどさ。」
カカシは足を止め、ナルトを降ろした。
苛立ちを隠せず、幾分声を荒げる。
「お前、自分で何言ってるか解ってんの?お前が今言ってる『好き』の意味は……。」
「解ってるってばよ。ほんとはずっと言わないでおこうと思ってたんだけど……カカシ先生に嫌われちゃったらやだからさ。でも、もうオレってば充分嫌われてるみたいだから言っても言わなくても同じなら言った方がいいと思って。あ、言っとくけど、オレがカカシ先生を好きになったのは先生と知り合ってからすぐだからさ。別に、先生がオレに『好き』って言ったのがきっかけとかじゃないから。」
カカシは大きな溜息を一つ吐くと、苦笑した。
「嘘吐くならもっとマシな嘘吐きなさいよ。お前、あの時自分で何て言ったか覚えてないでしょ?」
「覚えてるってばよ?」
「―――困る―――って言ったんだよ?!」
あっけらかんとしているナルトに、遂にカカシが叫んだ。
「言ったってばよ。だって、あんまり急だったからさ。いきなりキスするし……。オレってば嬉しくてどうすればいいか解らなかったんだってば。」
「は?」
カカシの思考が一瞬止まった。
我に返って、ナルトが言った言葉を反芻しながら、続けられている言葉の意味も理解しようと必死になる。
「突然あんなこと言われて、凄く困ったってば。オレってば先生と一ヶ月も会えなくなるのが悲しいのに、あんな嬉しいこと言うんだもんよ。なんて言えばいいのか解らなくってほんとに困ったってば。」
「それじゃ……オレが言ったことが迷惑で困ってたんじゃなくて……?」
「当たり前だってばよ。好きな人に好きって言われて迷惑なわけねーじゃん。」
「うそ……。」
カカシは両手をだらんと下げて、その場に立ち尽くした。
「だからって今更どうこうってわけじゃないから安心しろってばよ。カカシ先生がオレを嫌いなことはよくわかってるから。ただ、言っておきたかっただけ。そんで、これからはちゃんとカカシ先生を、先生としてだけ見るように努力するから。」
「ナルト……。」
「先生、聞いてくれてありがとってば。もう一人で歩けるから大丈夫だってばよ。」
トントンと地面に突いてみせる痛めた筈の右足の腫れは、嘘のように引いていた。
それをぼんやり見つめている内に、カカシに向けられたナルトの小さな背中。
カカシはやっとの思いで両腕を伸ばし、それを抱え込んだ。
「せんせ……?」
驚いたナルトが振り返ろうとするのを許さず、カカシはその肩に顔を埋めた。
「ごめん……ごめんね、ナルト。」
「な……何言ってる……てば。」
「ほんとにごめん……オレ……ちっとも知らなくって……。」
「なん……で……そんな……。」
謝らないで……。
優しくしないで……。
今そんなことされたら諦められなくなるってば……。
「なんでそんな……優しくするんだってば……。オレってば……凄く悲しかったのに……。」
「うん……ごめんね?」
「オレを好きって言ったくせに……。どうかしてた―――なんて……言うし……。」
「ごめん……。」
「ウソツキ……カカシ先生のウソツキ……。」
抱えていたカカシの両腕に、ナルトの瞳からポタリと透明な雫が落ちた。
「うん……だからね、今度こそほんとのこと言わせて?」
ありったけの想いを込めて……。
「ナルトが好きだよ?」
その途端、振り向いたナルトは力一杯カカシを突き飛ばした。
不意を衝かれたカカシは、危うく尻餅をつきそうになる。
呆気に取られたカカシを見て、ナルトは握り締めた拳を震わせた。
「そんなに……そんなにオレが憎いってば?!」
「え……な…何?ナルト?」
「カカシ先生がオレを嫌いだってことはよく解ってるってば!里の皆と同じようにカカシ先生もオレを嫌いなんだって、もう、よく解ったってばよ!オレが、辛い思いするのがそんなに楽しいってば?大好きな人にからかわれて、ここが……ここが凄く痛くって、苦しい思いするのが、そんなに面白いってば?!」
ナルトは左の胸を掴んで、涙をポロポロと零す。
「オレが……九尾だから……バケモノだから……何を言っても、何をしても……どんなに苦しめてもいいって……そう思ってるってば!」
「違う!!」
カカシが慌てて一歩踏み出すと、ナルトが後退りながら叫ぶ。
「違わないっ!」
「そうじゃないんだ!信じてナルト!」
「もう騙されないってば!カカシ先生はオレをからかったんだ!オレの気持ち知ってて、わざと『好き』だなんて言って、オレが喜ぶの見て、陰で笑ってたんだってば!」
怒りで顔を真っ赤に染め、唇を震わせるナルトに、カカシは青くなって必死に弁解しようとする。
「違う!そんなんじゃない!」
「オレってばほんとにバカだってば。わざわざ告白なんかして、もっと笑われるだけなのにっ!」
「笑ったりしない!嬉しいよ!ほんとに嬉しいんだ!ナルト!」
「オレをまたからかえるから?!だから嬉しいってば?!」
「そうじゃない!……誤解なんだ……。どうすれば……どうすれば信じてくれるの?ナルト……。」
辛そうに、苦しそうに、今にも泣き出しそうに顔を歪めるカカシに、ナルトは哀れむような目を向けた。
「そんな顔したってダメだってばよ……。もうやめてよ、カカシ先生。オレ、もう纏わりついたりしないからさ。任務もちゃんとこなすし。迷惑かけないようにするから……。オレが中忍になるまで、我慢して先生しててよ。」
「聞いて、ナルト……。」
カカシは静かに、ナルトを刺激しないようにゆっくりと近付くが、ナルトもまた一歩ずつ後退りをする。
「ダメ?やっぱりバケモノを教え子だなんて思えない?オレってばさ、オレってば……、やっぱり死ななきゃダメなの?カカシ先生も……一生オレのこと憎いままなの……?」
「バカなこと言うなっ!!」
その叫びと同時に、ナルトは木に押さえつけられていた。
もう逃げる事は出来ない。
ナルトはカカシを見上げた。
「先生……。」
「好きだって言ってる!お前を好きだって言ってんの!嘘じゃないから!!」
「だって……あの時……。」
ナルトの視線が揺れる。
「お前が『困る―――』って言ったから……。」
「だからそれは……。」
「オレはね、お前がオレを好きなんじゃないと思ったの。」
「え?」
逃げる気の無くなったナルトの腕を、カカシはそっと開放した。
「オレに告白なんかされて困るって……好きでもない奴に好きだなんて言われて困る―――って……そう言う意味だと思ったんだよ。」
「そんなんじゃないってば……オレってばそんなつもりで言ったんじゃ……。」
「だからね……お前を諦めようとしたの。お前に負担をかけさせたくないから、『一時の気の迷いだった』とか言ってさ。だってナルトは凄く優しいから、オレの気持ちに応えられなかったら、きっと苦しんじゃうと思ったから。でもさ、お前を見てると辛くって、悲しくって……だからお前をなるべく見ないようにした。話し掛けないようにした。わざと冷たくしたのも、お前に鬱陶しがられないように、ちゃんと『担当上司』する為だったんだよ。」
「オレを……嫌いなんじゃなかったってば?」
その言葉にカカシは泣きそうな顔をした。
「ねぇ、ナルト……。お前が好きになってくれた『はたけカカシ』って奴はさ、そんなに卑怯な奴なの?お前をバケモノ扱いして、お前を苦しめて楽しむような、そんな奴なの?」
ナルトはハッと息を呑んだ。
オレの好きなカカシ先生は……。
仲間を大事にして、オレのこともちゃんと認めてくれて……。
ふざけて抱き締めてくれる腕は、いつも……とっても温かかった。
いつも……とっても優しい瞳でオレを見てくれた。
「好きだよ、ナルト。大好き。」
カカシはもう一度ナルトを抱き締める。
「せんせ……。」
「お前が一番大切……。一人の人間をこんなに特別に好きになるなんて思わなかった……ましてやそれが自分の部下で、子供で、男の子で……なんてさ。忍としてだけじゃなくって、人間としても失格かもしれないけど、それでも……ナルト、お前が好きだよ?」
「先生……。」
ナルトの双眸から涙が零れ落ちた。
「お願いだから信じて?ここから居なくならないでよ……ナルト。」
カカシはナルトを抱き締める腕に力を込めた。
信じていいの?
オレってば、ここに居ていいの?
この腕の中にずっと居てもいいってば?
ずっと欲しかった……。
オレだけのカカシ先生……。
「……き……。」
カカシは弾かれたように顔を上げた。
「ナルト?」
俯くナルトの顔を覗き込む。
「好き……カカシ先生が好き……。好き……だってばよ。」
「お願い、ナルト……顔……上げて?」
カカシの言葉に、ナルトはとても恥ずかしそうに顔を上げ、頬を染めた。
「カカシ先生……好き。」
言い終わらない内に、その唇をカカシのそれで塞がれた。
「んっ……。」
身体を強張らせ、怯えるナルトの背中をそっと撫でながら、カカシは啄ばむように何度も口付けた。
口付けは唇だけに収まらず、頬、額、瞼、鼻、顎……と、ナルトの顔中に落とされ、ナルトは堪らず身じろいだ。
クスクスと笑いながら、カカシを押しやる。
「くすぐったいってば……せんせ……っ!」
言い終わらない内に、その言葉はカカシによって呑み込まれた。
噛み付くように口付けられたと思うと、カカシの熱い舌が入り込み、ナルトの口腔を貪るように動き回る。
カカシは己の熱い舌で縮こまる小さな舌を絡めとり、吸い上げ、全てを奪うように激しく口付ける。
ちゅ…くちゅ……。
「ん……ふっ……。」
「ナルト……可愛い……。」
カカシがナルトを解放した頃には、ナルトはトロンとした瞳でカカシを見つめ、立っているのもままならなかった。
「せん……せ……。」
ナルトの濡れた唇を親指で拭いながら、カカシは気になっていたことを聞いてみる。
「ね、ナルト。キス、初めてじゃないって言ってたよね?」
「え……?」
まだこちら側へ帰って来られないナルトを、カカシはそっと抱き上げて歩き出した。
「キス、誰としたの?」
「ん……サスケ……だってばよ。」
「サスケ……ね。」
カカシの心に嫉妬の炎が燃え上がりかけたその時、ナルトがカカシの首にしがみついた。
「でも、あんなのキスじゃないってば。アカデミーで、オレが押されてサスケにぶつかっちゃって、それで口が当たったんだってばよ。」
「ああ、そうだったの?」
だったら仕方ないねぇ……。
「ねぇ、カカシ先生。」
「なーに?ナルト。」
「もっと……シテ?」
「ええっ!?な、何を?」
いきなりのナルトの言葉に、カカシは思わず素っ頓狂な声を上げた。
「キス……してってばぁ……。」
そ、それは願ってもないことだけど……。
先程の激しい口付けにすっかり酔いしれてしまったナルトは、まだ熱が冷めていない様子だった。
潤む瞳で見上げられ、カカシはゴクリと喉を鳴らす。
「じゃ、オレの家に行こうね、ナルト。そこでたくさんキスしてあげる。」
キスだけじゃ済まないと思うけどね………。
「ん、行くってば。」
カカシの思惑など知る由も無く嬉しそうにキュッとしがみ付くナルトをしっかりと抱き締め、カカシは地面を蹴った。
ナルトの気が変わらない内に、一分でも早く家へ帰る為に――――――。
END
サイト開設当初から考えてはいたお話です。
この手の、マイナス思考でイジイジしているお話は書くのも好きだけど、読むのも大好きですv
最初はもっと痛いエピソードもあったんですが、そうするとまとめられなくなっちゃうのでやめました(笑)
初心に戻って告白話し。でもやっぱり入るキスシーン(爆)
2004.07.27 火野 晶
ウィンドウを閉じて下さい
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