その心も……
その身体も……
髪一筋さえも……
――――――全部……オレにちょうだい?――――――
No Control
「あ、ねぇ、ここ新しく出来た甘味屋さんよ。ちょっと寄って行かない?」
任務の帰り道、サクラが立ち止まる。
「オレは甘いものはダメだ。」
サスケが興味無さそうに通り過ぎようとした時、
「え?サスケってば、寄ってかねーの?オレ、寄って行くってばよ。」
ナルトは既に店の戸を開けていた。
「サスケくん、帰っちゃうの?」
サクラが言い終わらないうちに、サスケはナルトの後から、店に入っていた。
ナルトの誘いじゃ仕方ねーな……。
4人掛けのテーブル。
サスケはちゃっかりとナルトの向かい側に座り、サクラは当然のようにサスケの横に並んだ。
「どれにしよっかなぁ……。どれも美味しそうだってばよ。白玉。やっぱりあんみつ。あ、クリームあんみつかな。」
メニューを覗き込んで、表情をくるくると変えているナルトを満足そうにサスケが見ていると、近くのテーブルから知った名が聞こえた。
「―――カカシ……。」
17、8歳に見える女の子3人が、くすくすと笑いながら話していた。
「あのカカシさん?あんた、身の程知らずだって、それは…。」
「え?カカシ……先生?」
ナルトもその名に反応し、聞き耳を立てた。
服装から判断すれば、彼女達は忍ではないだろう。
「確かにカッコいいけどさ……。実力もあるし……。でも、すんごいモテるんでしょ?」
「らしいよね。来るものは拒まず、去る者は追わず―――って聞いた。」
「なんかモテ過ぎてて、冷たそうじゃない?女慣れしてるって言うか……。」
「えー?でもやっぱり素敵よー。お近付きになりたーい。」
「無理よぉ。忍でもないのにさ。話し掛けることだって無理っぽいじゃない?」
「あんたさぁ……、例え顔覚えてもらったって彼女になんかなれっこないって。万が一気に入られたとして、遊ばれるのがオチ。愛情なんかないから、イキナリ『舐めて』とか言われちゃうわけよ。」
途端に3人揃って笑い出す。
「いくらなんでもそれはひどくない?」
「でもさぁ、有り得るって。―――奉仕されて当たり前―――とか、思ってそう。」
「そうだよねー、がっついてない分、『嫌ならいいよ?他にいくらでも相手はいるから…』みたいな?」
「やだー、サイテー!報われな〜い。」
場にそぐわない会話をしながら勝手に盛り上がっている女の子達を見て、ナルトが不思議そうに呟いた。
「カカシ先生って、そんな人だったってば?」
意見を求めるように、サスケとサクラを見つめる。
「え?やだ…。でも……、えーと……。」
サクラは赤くなって、焦って必死に言葉を探す。
「有り得るな。いや―――確かに―――と言う所か……。」
ふふん……と、サスケは勝ち誇った様に笑った。
ナルトはそのまま俯いて、クリームあんみつが目の前に置かれても、クリームが溶け始めるまでただじっと見つめていた―――。
家に帰って、風呂に入り、簡単な夕飯を済ませ、忍術書に目を通していたナルトはふと窓を見やった。
玄関から入って来たことなど一度も無いその人物は、任務の後、週に2、3度ナルトの家を訪れた。
最初は不思議に思っていたが、いつの間にかその人物を待つようになった。
来ない日は段々とつまらなく思え、そして更に、淋しいと感じるようになるまでにさほど時間はかからなかった。
カカシ先生…今日は来ないのかな……。
もしかしたら、任務かもしれない……。
でも、家に居るかもしれない……。
会いたいってば――――――。
会って、聞きたい。
どうしても、今日聞きたい――――――。
ナルトはそう思うと居ても立ってもいられず、家を飛び出した。
初夏とは言えタンクトップ一枚で外に出たナルトに、夜気は冷たかったが、そんなことは気にしていられなかった。
カカシの家の前に立つと、呼び鈴を押す間も無く、ドアが開いた。
「どうしたの?何かあった?」
マスクも額当ても取り、普段着姿のカカシが顔を覗かせた。
「カカシ先生。オレってば聞きたいことがあって……。」
いきなりドアが開いたので心臓が跳ね上がる程驚いたナルトは、それでもカカシが居たことにホッとしていた。
カカシは片眉を上げ、ドアを大きく開いてナルトを促す。
「そんな格好で……。風邪ひいたらどうすんの?早く入って。」
「お邪魔しますってば。」
殺風景にも思えるカカシの家のキッチンに通され、テーブルに付く。
「生憎家にはジュースもココアも無いからね。」
カカシはそう言うと、走ってきたせいでしっとりと汗をかいているナルトの前に氷の入った水を置いた。
「ありがと、先生。」
ナルトはそれを半分程飲んで、コップを置いた。
カカシはナルトの向かい側に座り、眠たそうな目をしてナルトを見つめる。
「―――で?聞きたい事って何?」
「う…うん……。」
慌てて飛び出して来たのは良いが、どのように聞けば良いか等考えておらず、ナルトは下を向いて言葉を探す。
カカシはそんなナルトを見て先を促すことも無く、ナルトが口を開くのをじっと待っていた。
コップの中の氷がカランと音を立てた時、意を決したように、ナルトが顔を上げた。
「先生……。」
「何?」
「先生ってば、モテるの?」
カカシは目を見開き、一瞬呆気に取られたかのような表情をした。
「急にどうしたの?」
気を取り直してカカシが問い返すと、ナルトは少し赤くなって言葉を続けた。
「今日、サクラちゃん達と甘味屋さんへ行ったら、そこで女の人達が話してたってば。カカシ先生はモテる……って……。」
「ふーん……。どうなんだろうね?」
興味なさげに頬杖をついて、視線を逸らしたカカシに、ナルトは食い下がる。
「だって自分のことだってばよ?わかるってば?」
「他人が自分をどう見てるかなんて、わからないもんでしょ?」
「だったらバレンタインは?チョコたくさん貰うってば?」
「あんなのはただの行事。」
「じゃ…じゃあ、こ、告白されたことは?あるってば?」
だんだん身を乗り出して来たナルトに、カカシは逆に問い掛けた。
「何?ナルト。ヤキモチ?」
「ヤキモチ?なんで?」
ナルトはきょとんとしてカカシを見つめる。
「ん?オレがモテるかどうか気になるなんてさ、オレのことが好きでヤキモチ妬いてるみたいだねー。」
カカシがなんの躊躇もせず、口にすると、ナルトは火がついたように真っ赤になった。
「な……何言ってるってば!そんなんじゃないってばよ!」
夢中になって否定する。
「あっそ。残念。」
「え?残念?」
「別に?なんでもないよ。」
カカシはまたナルトから視線を外す。
ナルトは気を取り直して、まるで尋問のような問いかけを続ける。
「い……今、彼女とか、いるってば?」
「いなーいよ。」
「ど……どうして?」
「面倒だから。」
「面倒ってなんで?好きな人と付き合うのが面倒なわけないってばよ。」
「好きならね。」
「好きだから付き合うんだってば?」
「お前に言ってもわからないよ。」
ピシャリと一蹴りにされ、流石にナルトの勢いが無くなった。
―――お前に言ってもわからない―――
カカシの言葉がナルトの胸に刺さった。
ナルトはコップの水を飲み干して、もう一つの疑問を口にした。
「ねぇ、先生。先生ってば……舐めさせたりすんの?」
「は?」
舐めさせる?
オレの聞き間違いか?
カカシはナルトの言葉が理解できなかった。
「その……付き合い出したら、イキナリ“舐めて”とか、言うってば?そう見えるって言われてたってばよ。」
聞き間違いでは無かったとわかったカカシは、げんなりとしてナルトに問い返す。
「……ナルト、それ、意味解ってて言ってんの?」
「わ、わかってるってばよ?」
―――やっぱり解ってない―――
カカシはナルトを見据える。
「嘘吐かないの。」
「嘘じゃないってば!」
尚も言い張るナルトに肩を竦める。
「じゃあ、やって見せて。」
「え?」
「舐めて。」
よもやそんなことを言われるとは思ってもみなかったナルトは、必死で逃げ道を探す。
「……なんでオレがそんなことしなきゃならないんだってばよ!そ、それに先生、やっぱりそうゆうことさせるってば?」
「知らないくせに。意味も解らないで強がり言うんじゃないの。」
「そんなに言うんなら、いいってばよ?」
「何?舐めてくれるの?」
「そうだってば。」
「ふーん……じゃあ、早くやって見せてね。」
売り言葉に買い言葉。
ナルトが意味を理解している筈も無く―――。
けれど人一倍負けん気の強いナルトが、後に引けるわけも無かった。
で…でも、舐める―――って?
何を?
やっぱり先生を?
先生のどこを?
どこでもいいってば?
取りあえず立ち上がってみたものの、ナルトはどうすればよいのか解らず、カカシを見つめる。
“舐める”と言う単語から思いつくのはアメ玉と、ソフトクリームくらいで……ましてやその行為が人を相手に成り立つものかどうかも全くわからなかった。
人相手……と言う疑問にハッとしたナルトは、嬉々としてカカシに近付き、座っているカカシの肩に手をかけると、左の頬をぺろりと舐めた。
まるで犬のように……。
「くっ……くっくっくっ……。」
可笑しくてたまらないと言うように笑い出すカカシ。
ナルトは自分の間違いに気付く。
あ、あれ?違ったってば?
ちゃんと赤丸がやるみたいにやったってばよ?
場所が違ったってば?
「い、今のはおまけだってばよ。」
ナルトは意味も無く胸を張ってから、小さな手でカカシの骨ばった手を掴むと、その手の平に唇を寄せ、ペロペロと舐め始めた。
手の平、指、指の間……。
丹念に舐めながら、上目遣いでカカシを見る。
なんとも扇情的でぞくりと来るその感覚に、カカシは空いている手でナルトの髪を撫でた。
「ナルト……。」
いつもとは違う呼び方にナルトはドキッとして、手を離す。
「こ…これでいいってば?」
カカシは、赤くなって少し怒ったように言うナルトの腰を掴んで引き寄せ、自分の膝の上に向かい合うように座らせる。
「で?ナルトはオレが付き合い始めたらイキナリそんなことさせると思うの?」
「……えーと……あれ?でも先生、今オレにさせたってば!付き合ってもいないのに!ひどいってばよ!」
「全く……。」
カカシは深い溜息を吐いた。
「しかし……オレってそんな風に見られてるんだ。」
カカシが俯いて淋しそうに言うと、ナルトはなんだか可哀相になって、その顔を覗き込む。
「やっぱり違うってば?先生、そんなことさせないってば?」
「ねぇ、ナルト。付き合い始めたらまず、何をするの?」
「え?あ、で、デートするってば。」
デートと言う単語だけで赤くなるナルトに、カカシは苦笑する。
「それから?」
「手、手を繋ぐんだってばよ!」
「うん……ま!そうかな。次は?」
「えっと、えっと、だ……だ……。」
考えていたと思ったら段々赤くなってついには俯いてしまう。
「だ……?何?」
カカシに促され、やっとの思いで顔を上げる。
少し涙目になっていた。
「抱き締め合ったりするんだってば。なんでそんなこと聞くってばよ……。」
「ん?確認してるの。……次は?」
ナルトは泣き出しそうになりながら、カカシの耳元で叫んだ。
「キ…キスしたりするってば!!」
キーンとした耳を押さえながら、カカシはナルトを食い入るように見つめた。
「どこにキスするの?」
「口に決まってるってば!」
あまりの勢いにくすくす笑い出すカカシ。
ナルトはそんなカカシに食って掛かる。
「何が可笑しいってばよ!!間違ってないってば?!」
「うん、間違ってないよ。良かった……“手”って言われなくって。」
「そんなの知ってるってばよ!バカにすんなってば!」
ナルトが腕の中で叫びながら暴れると、カカシは逃がさないように引き寄せた。
「―――じゃ、キスする時は目を閉じなきゃね?ナルト。」
「え?」
ナルトに逃げる間も与えず、その唇を奪う。
そっと触れるだけの口付け。
「どうしたの?目、閉じてね?」
言われるまま目を閉じたナルトの腰を抱き締め、顎に手をかけて、唇を重ねる。
何度も啄ばむような口付けを落としたあと、ナルトの唇を指でなぞる。
「ナルト……口開けてごらん?」
「なんで?」
聞き返すナルトの唇をにそのまま覆い、舌を滑り込ませる。
ビクンと震える小さな身体を抱き締めて、その口腔を貪って行く。
「ん……ふ……ん…。」
鼻に掛かった心地良い声を聞きながら角度を変えて何度も口付ける。
ちゅ…くちゅん……。
「あ……ふ……。」
とろんとした目で見上げられ、カカシは抑えが利かなくなりそうな自分に気付く。
「ナルト……。」
「ん……せんせ……。」
きゅっとしがみ付く仕草が愛しくてたまらない。
欲望のままナルトに更に深い口付けを仕掛ける。
くちゅ……ちゅ……。
縮こまっている舌を絡め取り、吸い上げる内、ナルトも夢中になってそれに答え始めた。
「……あ……ん……んっふ……。」
「ナルト……。」
「ん……せんせ……。」
名残惜しそうにカカシがナルトを開放すると、ナルトは頬を染め、すっかり息が上がってしまっていた。
「は……あ……せんせ……。」
「捕まえちゃった。ナルト。」
カカシはナルトを見つめ、ニッコリと微笑む。
「つかまった……てば?」
いささか呂律が回らなくなっているが、それでも意識はしっかりしているようだった。
「そう……捕まえちゃったの。もう逃がさないよ?ちゃんと教えてあげるから。ナルトが先刻言ってたことも、その内にね……。」
「あれ……やっぱり違ってたってば?」
「ん?ま!あれはあれで合格でしょ。」
カカシの言葉の真意を問い質したかったが、そんな気力は残っていなかった。
それよりも、ナルトにはもっと気になることが出来ていた。
「せんせ……。」
「ん?なーに?」
ナルトはカカシに凭れかかったまま、小さな声で問う。
「どうして…キスしたってば?」
「わからないの?」
「だって……気持ち悪くねーの?オレってば……。」
ナルトが何を気にしているのかカカシには良く解っていた。
こんな状況でまだそんなことを気にしなければならない生き方をして来たナルトに、胸が締め付けられる。
「ナルトは気持ち悪くなるような相手とキスしたいと思うの?」
「思わないってばよ。でも……でも先生にはなんか他の理由があるのかもしんないし……。」
「理由なんて一つしかないよ。オレもナルトと同じ。気持ち悦かったでしょ?」
ナルトは俯いたまま小さく頷いた。
「なんか我慢できなくなっちゃった。ナルト。」
「何を?」
漸く顔を上げたナルトはまだ目が潤んでいた。
「ナルトが欲しくてね、もう、我慢できそうにないの。どうしよっか?」
カカシが苦笑すると、ナルトが不思議そうに見つめた。
「欲しいの?オレを?」
「そうだよ?ナルトが欲しいの。オレにちょうだい?」
言われて少し黙っていたが、ナルトは恐る恐る口にした。
「……そしたら、先生は?」
「オレ?」
「うん……先生、オレにくれる?」
「ナルト……。」
「オレだけのカカシ先生になってくれる?」
返事の代わりにカカシはもう一度、ナルトに口付けた。
全てを奪うように、深く、息も出来ない程に貪る。
「……ん…せんせ……。」
苦しくなったナルトが身を捩ると、漸く開放された。
「いいよ、ナルト。ナルトだけのものになってあげる。」
「じゃ、オレも…カカシ先生に…あげるってば。」
「ありがと……ナルト。」
カカシはナルトを強く抱き締める。
何処へも逃がさないかのように。
「好きだよ。ナルト。」
その言葉にナルトが息を呑むのがわかった。
「好き。大好き。」
呪文のように繰り返すと、ナルトは声を震わせた。
「そんなの、嘘だってば……。」
「嘘じゃないよ、ナルト。好きだよ。だからキスしたの。」
カカシは顔を伏せたままのナルトの髪をそっと撫でた。
「本当?本当にオレを好きだってば?」
「好きだよ、ナルト。」
ナルトは消え入りそうな小さな声でカカシの言葉に答える。
「オレも……オレも先生が……好き……ってば。」
「ナルト……泣いちゃってるの?」
「だ……って、嬉し……ってば。嬉しいと……涙出るってばよ……。」
「そっか……。オレも嬉しいよ、ナルト。」
カカシは微笑むと、ナルトの頬に唇を寄せ、その透明な雫を吸い取った。
暫く涙が溢れて止まらなかったが、カカシの腕の中で落ち着きを取り戻したナルトは、カカシを見上げた。
「カカシ先生?いつ先生をくれるってば?」
愛しい子のとんでもない言葉に理性を奮い立たせてカカシは静かに答える。
「オレはもうナルトのモノだよ?」
「ほんと?」
「うん、本当。だからね、ナルト。ナルトももうすぐ貰っちゃうからね?」
「いいってばよ!今日?明日?」
嬉しそうに瞳を輝かせるナルトに、カカシはニッコリ微笑んで言葉を濁す。
「その内にね……。」
これはもう、本当にもちそうにないな―――。
カカシは、今後更に犯罪者呼ばわりされるであろう自分を想像して、溜息を吐いた。
END
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