夜中と朝の狭間。
漆黒だった、先ほどまでの闇が少しずつ薄れていき、蒼い色で染め上げられていく。
息を呑むほどの静謐。
誰もが厳かな気分になる。
それをカカシはぼんやりと見つめていた。
紫煙を燻らせ、時々深く吸い込んでは、細く吐き出しながら。
気だるい時間。
カカシはこの時間が嫌いだった。
夜が明けてしまえば、すべてが溶けてしまう。
横で眠る愛しい子供との空間も。
密やかな、甘い時間も。
苛立たしげに灰皿に吸殻を押し付け、子供を起こさぬよう、そっと隣に横になる。
真剣に眠る子供を見つめる。
すやすやと眠るその表情は、あまりにも可愛らしくて。
先ほどまでの苛立ちなどあっという間に昇華され、ただ静かに止め処なく溢れる愛しさに息が詰まりそうだった。
そっと壊れ物を扱うように、髪に触れる。
つ、と頬へと滑らせて、思いのほか長い金の睫まで辿らせた。
幾千、幾万の言葉で縛っても。
子供はその隙間からすり抜けてしまうような気がして。
毎日、毎日。
想うことは。
どうしたら子供が自分だけのものになるのか。
どうしたらずっと一緒にいられるのか。
そんなことばかり。
前途多難なことは、初めから判っている。
先生と生徒。
上司と部下。
それはこの子だけではない。
平等に、と公私を分ければ分けるほど、身の内の焦燥感は増すばかりだ。
二人きりでの。
恥ずかしげな子供からの告白でさえ追いつかない。
「ナルト、愛してるよ」
自己満足な睦言。
「ずっと一緒にいよう?」
あまりにも不確かな約束。
子供はあまりに真っ直ぐ前しか向いていないから、きっとこんな気持ちなんて判らないのだろう。
そう思えば。
いっそ閉じ込めたくなる。
その蒼い綺麗な目を潰して。
細いその手首を戒めて。
誰も知らないひっそりとした場所で。
たった二人で。
子供が他のものを映さないように。
この腕から逃げないように。
生まれながらにつけられた重い足枷に更に目に見えるそれをつけて。
火影すら判らぬ場所に、閉じ込めて互いに死ぬまで抱き続ける。
カカシの口元に笑みが浮かぶ。
ああ、そうにできたら。
きっと毎日安心して眠れるのにね。
そんなカカシの横で夢を見ているのだろうか、子供がふにゃっと笑う。
「カカシせんせ……」
とても幸せそうな音色で紡がれた寝言にカカシは身動きすら取れなくて。
まじまじと子供の寝顔を見つめた。
夢の中でさえ、自分を求めてくれるのだろうか。
子供の将来を、自分のエゴのために潰してしまおうかと画策する男の名を。
不意にカカシは泣きたくなった。
あまりに真っ白な子供の眩しさに、自分の汚さを浮き彫りにされた情けなさに。
名を呼んでくれた歓びに。
「もう、お前を離さないから。覚悟してね?」
子供がどんなに泣き叫んでも。
自分を罵り、憎まれても。
例え先に命を落としたとしても。
───絶対に、離さない。
今更、清く正しくなどあり続けることは不可能だ。
日々鎬を削る世界で、裏を読むことに長け人間の汚濁に塗れてきた人生。
本当は。
子供の隣にいることすら不釣合いだということを痛いほど判っているけれど。
己の欲望のまま。
自分は子供を貪り続けるだろう。
隠すことなく。
穢れきったすべてを晒して。
部屋が青に染め上げられていく。
夜明けが、近い。
「愛してるよ、ナルト……。誰よりも、お前だけを」
昏い笑みを浮かべたままで囁いた言葉と共に。
緩やかに。
時間は溶けていった。
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